ヤムイモの頭(竹ノ下研究室):子どもと子育ての進化論序説 No. 010
一人前とは一人前扱いされること
「サルの一人前再考」 では、サルの研究者が「オトナとは何か?」を深く考 えていないのではないかということを指摘した。体が大きくて第二次性徴が 発現していれば一律オトナとするのはやや安易にすぎないかということだ。
しかし、研究者が性成熟=オトナとみなすのにはそれなりの理由がある。ひ とつめの理由は単純だ。動物学的には、オトナ(成体)の定義は生殖能力を 獲得することであり、それ以上でもそれ以下でもない。生殖能力を獲得して いなければ、どんなに「しっかり者」だったとしてもそれは未成体でしかな い。
成体、未成体は英語ではそれぞれマチュア(mature)、インマチュア (immature)だ。「サルの一人前再考」 で指摘したことを言い換えると、動 物学におけるこの「マチュア」と「インマチュア」を、われわれの社会にお ける「大人」と「子ども」と同じものだと考えてしまうのはちょっとおかし くないか?となる。
しかし、よく考えてみると研究者が性成熟=オトナとみなすのには、もうひ とつ理由があることに気づく。性成熟に達したサルは、研究者だけでなく、 なかまのサルからも「オトナ扱い」されはじめるのだ。
サルがサルを「オトナ扱い」するとは具体的にはどんなことだろうか。ニホ ンザルを例にとって見ていこう。
ニホンザルの子どもにはいくつも特権がある。まず、子どもはオトナほど優 劣関係に縛られていない。京都にある嵐山モンキーパークいわたやま にいる 餌付けサルの群れでは、自分の母親よりずっと順位の高い個体のすぐ近くで 平然とエサを食べたりすることがある。
また、オトナのオスなど強い個体から保護される。これも嵐山での事例だが、 第一位のオスを追跡していて、知らぬ間に近くに来ていたアカンボウのしっ ぽをうっかり踏んづけてしまったことがある。アカンボウはギャッと叫び、 すぐ横にいた母親が私に対して怒りの声をあげた。悪気はなかったとはいえ 悪いのは自分なので、母親のほうを向いてごめん、ごめんと言っていたら、 いきなり後ろから背中をどつかれた。振り向くと、追跡中だった第一位オス だった。オスは、ふだん群れのコドモを特段かわいがったりはしないが、人 間など外敵からの脅威が迫ったときは、こうしてコドモを守ろうとする。
それから、セックスに関して周囲が寛容だ。コドモのオスが発情したメスに まとわりついていても他のオスに攻撃されたりしない。メスもそれほど真剣 に拒否しない(まともに相手にしていないようではあるけど)。それが自分 の母親や血縁のあるメスであってもさほど変わらない(つまり、コドモはイ ンセストが許される)。
ところが、これが性成熟に達すると状況は比較的短期間の間に一変する。ま ず、優劣の序列にしっかり組み込まれ、逸脱が許されなくなる。また、オト ナから特別の保護を受けることもなくなる。それから、気ままにセックスで きなくなる。安易に発情メスに近づくと、自分より順位の高いオスに妨害さ れる。(ただし、ニホンザルの場合、順位の高いオスに怒られるのはメスで ある。オスはおとがめなしだ。)母親や血縁の近いメスたちは発情すると自 分を避けるようになる。
このように、サルの社会では本人の自覚や心理的・身体的成熟とはあまり関 係なく、性成熟してしまうと社会から「オトナ」と扱われるようになるのだ。 こう考えると、サルの研究者が性成熟=オトナとするのは、単に動物学の慣 行に従ってるだけではなく、そこそこ理にかなっているようにも思える。
そして、ここから「一人前」あるいは「成熟」に関してあらたな視点が浮か び上がる。すなわち、「一人前とは、社会から一人前扱いされることである」 という考えだ。
