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ヤムイモの頭(竹ノ下研究室):SAGA14講演録(2011年11月12日@熊本市動植物園)

ゴリラの本質は多様性〜「水と原生林のはざまで」

はじめに

ただいまご紹介にあずかりました、中部学院大学の竹ノ下と申します。今か ら、ゴリラについて、そしてここ熊本市は水の街だということで、ゴリラと 水との関わりについてお話をしたいと思います。

といいながら、実は私は不勉強で、熊本市が水の街だということをいままで 知りませんでした。熊本市はお城の街だと思っていました。 私の郷里はお 隣の、火の国薩摩ですが、昨日市街地に到着して、にっくき熊本城を眺めな がら「ああ、こん城さえなかれば西郷さんは負けんかったとに」と歯ぎしり をしちょりました。

まあしかし、城の街でなくてよかったです。ゴリラと城の関わりについて話 せと言われたら、何を話してよいかわかりませんからね。

謎に包まれたニシローランドゴリラ

ゴリラの分類

まずゴリラについて基本的な説明をします。「ゴリラ」と一言でいいますが、 現在の生物分類体系ではゴリラは二種にわかれます。ヒガシゴリラとニシゴ リラです。 そしてそれぞれがさらに二つの亜種に分類されます。ヒガシゴ リラはマウンテンゴリラとヒガシローランドゴリラ、ニシゴリラはニシロー ランドゴリラとクロスリバーゴリラにわかれます。

4亜種の外見

ゴリラの亜種

ゴリラの亜種

これら4つの亜種は、このように見た目が少しずつ違います。見た目だけで なく、食べ物や行動、社会行動なども少しずつ違っています。マウンテンゴ リラは毛が長いですね。ヒガシゴリラは面長です。ニシローランドゴリラは やや丸顔で毛足が短いのと、オトナになると頭頂部の毛が茶色というか赤色 になってまるで帽子をかぶっているように見えるのが特徴です。

こうした種・亜種による違いは遺伝的要因によるものもあるかもしれませ んが、生息する環境条件によって生み出されるものも多いと考えられていま す。研究者の中には、マウンテンゴリラをニシローランドゴリラの生息地で 育てたらニシローランドゴリラになる、と極端なことを言う人もいます。

4亜種の生息地と生息頭数

ゴリラの分布図

ゴリラの分布

これはゴリラの分布図です。まったく基本的なことですが、まずゴリラは アフリカに棲んでいます。アフリカにしか棲んでいません。

ヒガシゴリラはコンゴ民主共和国、ルワンダ、ウガンダに生息しています。 ご覧のように生息地はとても狭く、生息頭数も少ないです。

ニシゴリラは中部アフリカ、ガボンの全土とカメルーン、コンゴ、赤道ギ ニア、アンゴラ、中央アフリカ共和国、そしてナイジェリアに棲んでいま す。ナイジェリアに棲んでいるのがクロスリバーゴリラです。この亜種も 生息域、生息頭数ともにきわめて少ないです。

4亜種のうち、もっともたくさんいて、そして広く分布しているのが、今日 のお話の中心であるニシローランドゴリラです。沢山いるといっても、生息 頭数は今や10万頭を切ると言われており、70億人を超える人間とは比べ 物になりません。(70万人を越える熊本市の人口よりずっと少ないです。) また、広く分布しているといっても、その8割以上がガボン・コンゴのたっ た2カ国に集中しています。

ニシローランドゴリラ

ニシローランドゴリラは二つの側面を持っています。ひとつに、ニシロー ランドゴリラは4亜種の中でもっとも人間に馴染み深いということです。 今お話したように、野生ゴリラの大部分はニシローランドゴリラです。ま た、世界中の動物園で飼育されているのもほとんどすべてがニシローラン ドゴリラで、ほかにはクロスリバーゴリラが数頭いるだけです。

にもかかわらず、ニシローランドゴリラは4つの亜種のなかでもっとも知ら れてないゴリラです。これほどたくさん、広く分布しているにも関わらず、 観察が難しいのです。まともな野生ゴリラの観光ツアーの対象はヒガシゴリ ラです(すごく高いですが)。また、生態の研究もヒガシゴリラと比べて少 なく、わかっていないことが多いです。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ニシローランドゴリラの学名は Gorilla gorilla gorilla です。ゴリラの中のゴリラの中のゴリラです。 ニシローランドゴリラを知らずしてゴリラを知ったことにはなりません。

ガボン・ムカラバのゴリラ

ガボン・ムカラバでの長期研究

私は、京都大学の山極さんたちと一緒に、ガボンの南西部、ムカラバ・ドゥ ドゥ国立公園で10年以上ゴリラとチンパンジーの長期調査を実施していま す。今お話したように、ニシローランドゴリラの人づけは困難で成功例は少 ないです。しかし、安藤智恵子さんの努力によって、我々はグループジャン ティと名付けた20頭あまりの群れの人づけに成功しました。

直接観察ができるようになると、ヒガシゴリラとは異なるニシローランドゴ リラの面白い特徴が次第に明らかになってきます。そこで、今日の本題であ るゴリラと水の関わりをお話する前に、その一端を紹介したいと思います。

ニシローランドゴリラの家族

ゴリラは一夫多妻型の群れを作ります。すなわち、ゴリラの群れはシルバー バックとよばれる巨大なオトナのオス、シルバーバックと配偶関係にあるメ スと、そのコドモたちという構成になっています。

ヒガシゴリラの亜種であるマウンテンゴリラでは、シルバーバックが名実と もに群れの主です。シルバーバックは群れを統率し、外敵から防衛します。 群れのメスたちは互いに血縁関係になく、メス同士の関係はあまり深くあ りません。それぞれがシルバーバックとの関係を通じてつながっている感 じです。

しかし、わたしたちが観察しているニシローランドゴリラでは、群れのメス やコドモたちには、横のつながりがかなりあることが見えてきました。ま た、シルバーバックだけでなく、メスたちも群れの防衛に積極性を見せる ことがあります。

そんな様子を捉えた映像があるので、ちょっとご覧いただきます。

いかがでしょうか。この短い映像には、実はムカラバのニシローランドゴリ ラの社会がぎゅっと凝縮されているのです。もう一度、解説を加えながらみ てみましょう。

この映像は、古い林道をゴリラの群れが横切るときに撮影したものです。 ゴリラたちはみな道の脇に観察者がいるのを知っています。

まず、群れの先頭がシルバーバックでないことに注目してください。ニシロー ランドゴリラではオスが群れを率いて先頭に立つということはあまりありま せん。メスや子どもたちと後先になりながら進んで行きます。

しかし、先をゆくメスや子どもたちは不安げです。人づけが進んだといっ ても開けた場所で人間と接するのは怖いのです。足早に駆け抜ける子ども もいます。

そして、メスが出てきます。怖い顔をしてこちらをにらみつけます。と、そ こへシルバーバックが割って入ってきました。シルバーバックはまずメスを 睨みつけます。俺がいるから余計なことをするなという感じでしょうか。睨 まれたメスは踵を返して立ち去ります。乱暴なメスをオスがなだめるという、 ニシローランドゴリラならではの行動です。

メスを牽制したあとは、シルバーバックはこちら振り向いてをじっと見つめ ます。少し緊張した表情です。観察者を見定めているようです。しばしの見 つめ合いのあと、シルバーバックはやおら後ろをむき、白い背中をこちらに 見せつけます。これはディスプレイです。後ろ姿を見せるとは余裕ですね。

シルバーバックが観察者に動じないので、子どもたちが出てきました。互い の緊張を和らげるためか、だんごのように固まっています。小さい子を年長 の子がおぶっています。

子どもたちはシルバーバックの後ろではなく、前を通過します。子どもたち は人間に興味があるようです。そして後ろにでんと控えているシルバーバッ クを信頼しています。一旦通過した子どもも戻ってきました。そし て、よく見てください。シルバーバックの前で、横をむいて、背筋をそら して、お父さんの真似をしています。ほら、親子でおんなじ姿勢をしています。

ここで私は「ゴリラ語」でシルバーバックに挨拶をしました。するとシル バーバックは私たちの存在を認めてくれたのか、ふっと顔をそらして道を 渡ってゆきました。これがゴリラと観察者の出会いです。オスはリーダー というよりむしろ頼りになるコーディネーターです。

シルバーバックが通過したあとは、さっきのような緊張感はもうありません。 子どもたちはいきがって人間の前で遊んでみせます。ちょっとスリルがあっ て楽しいのでしょう。年長の子どもがわざわざ戻ってきて、今度は単独で背 筋をのばしてディスプレイです。ちっとも迫力はありませんが。別のメス がやはり怖い顔をしてこちらをにらみますが、すぐにシルバーバックのあ とを追ってゆきました。

もっと見たい人は

そのほかにも、ニシローランドゴリラはヒガシゴリラよりも頻繁に樹上を 利用することや、ヒガシゴリラは草や葉っぱを主食とするのに対し、ニシ ローランドゴリラは果実や昆虫をかなりの量食べることなどがわかってき ました。

今日は時間の関係でこれ以上映像をお見せすることができません。ムカラ バのゴリラの映像をもっとみたいという方は、明日の午後7時30分から、 NHK総合テレビ「ダーウィンがきた!」で、グループジャンティの木登りや 子育ての様子が放映されます1ので、ぜひ、ぜひご覧ください。

「水と原生林のはざまで」

さて、番宣が終わったので、私としては今日の目的は達成した気分です。し かしこれで終わりにすると主催者の方に怒られてしまいます。なので、お約 束どおり、今からゴリラと水との関わりについてお話したいと思います。こ こからが本題ですから、みなさんも辛抱しておつきあいください。といって も、ゴリラと水との関わり、というよりはむしろ「水」をキーワードに、ゴリ ラが暮らす環境の多様性に思いをはせていただければと思います。

「水と原生林のはざまで」

水と原生林のはざまで (岩波文庫 青 812-3)
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私の調査地のある中部アフリカのガボンという国は、およそ100年前、ア フリカ人への医療支援に生涯を捧げ、ノーベル平和賞を受賞したドイツ人医 師、アルバート・シュバイツアー博士がその半生を過ごした国です。シュバ イツアー博士はガボン中部のランバレネでの暮らしを「水と原生林のはざま で」という著書に記しました。この本に書かれている、ガボンの自然や人々 との関わりに関する記述の、実に多くの部分が、100年後の現在も全くと いっていいほど似ています。

さらにそのタイトルが秀逸です。「水と原生林のはざま」。これほどガボン の自然環境をうまく言い表した言葉はほかに思いつきません。ゴリラの生存 を支えるアフリカの熱帯林は豊富で多様な水資源と切っても切れない関係に あります。シュバイツアーや私ばかりでなく、ゴリラもまた、水と原生林の はざまで生きているのです。今回、「水」をテーマにゴリラの話をせよとい う依頼を受けたとき、私にはこのタイトル以外の選択肢はありませんでした。 何を話してよいかはさっぱり考えつかなかったのですけれども。

ゴリラと「水」

水の街である熊本市のみなさんに向かって私が水について講義するのは面 映い気分ですが、ここでちょっとゴリラを離れて「水」について考えてみましょ う。

「水」という言葉を聞いて、みなさんはどんな物事を思い浮かべるでしょう か。ある人は川を、ある人は海を、またある人は雨を思い浮かべるかもしれ ません。水道の蛇口から流れる水や、コップの水が思い浮かぶ人もいるかも しれません。やかんのお湯やそこからでる湯気、雲、雪なども水です。

考えてみれば、水は自然界や人間界のあちこちに、さまざまな形で存在して います。熊本市民に限らず、わたしたちは水とともに暮らしていると言って も過言ではありません。そもそも私たちの体の約70%は水分です。 水、 H2Oという単純な分子構造をもつ物体が、かくも多様な存在様式を示すとい うのはなんだか神秘的でもありますね。ゴリラの棲家にはどんな様態で水が 存在しているのでしょうか。みてゆきたいと思います。

ゴリラと霧
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古くからのゴリラファンの方にとっては、ゴリラと言えば「霧」ですよね。 ご覧のように、ゴリラ研究のパイオニアであったダイアンフォッシーさん の著書のタイトルは「霧の中のゴリラ」です。さっき私は「水と原生林の はざまで」しかタイトルを思いつかなかったといいましたが、あれは嘘で す。ほんとはこの本にひっかけて「水の中のゴリラ」っていうのを思いつ いたのですが、いくらなんでもあんまりだと思ってやめにしました。

フォッシーさんの研究したマウンテンゴリラはその名の通り高地に暮らし ます。熱帯の高地は霧に覆われているのが常です。キリマンジャロなんて 山もありますね。冗談です。

しかし、ニシローランドゴリラの棲む低地熱帯林でも、霧の季節がありま す。ガボンでは乾期と雨期の変わり目の9月〜10月が霧の季節です。コ ンゴでは11月〜2月ごろまでの乾期が霧の季節です。乾期で雨が降らな いのに一日中曇っていて、森の中はずっと薄暗く湿っているのです。 だから私たちは乾期と呼ばず「雨の少ない時期」と書いて少雨期と呼んで いました。普通に森の中を歩いているだけで霧にあたってびしょぬれにな るので、少雨期の調査では毎日ポンチョを着て歩いていました。

コンゴのンドキ森林で調査をしていた時の忘れられない思い出があります。 ある日私はピグミーの調査助手と二人で、熟しかけのイチジクの木の下で ゴリラかチンパンジーが果実を食べに現れるのを朝から待っていま した。森も自分たちの体も霧でびしょぬれで、動かずじっとしていると熱 帯林なのに寒いくらいでした。時々、樹上を眺めるために顔を上げると、 フードから水が滴り落ちました。

だいぶ待った頃、突然甲高い口笛のような歌声が聞こえてきたのです。そ れはゴリラの歌声でした。歌声のするほうをじっとみていると、やがてガ サガサという足音が聞こえ、霧の中に地上を歩くメスゴリラの姿が浮かん できました。彼女はわれわれに気づくことなく、ハウマニアというクズウ コン科の草の髄を食べては歌い、歌っては食べながら再び霧の中に消えて ゆきました。それが私がゴリラの歌を聞いた最初の時でした。そして、そ れ以来聞いたことがありません。

ゴリラと湿地
PLANET OF THE APES/猿の惑星 [DVD]
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ティム・バートンの映画、リメイク版「猿の惑星」(今公開中の「創世記」 の前のやつです)で、猿の軍団に追われた主人公が逃げるシーンがありま した。途中、沼地にさしかかると、一緒に逃げていたチンパンジーの美女 や追っ手のチンパンジー兵たちは水を怖がって渡れないのですが、後から 追いついたゴリラの衛兵たちは沼地をものともせずばしゃばしゃと沼を渡っ て主人公たちを追ってゆきました。そのシーンをみて私は「よく勉強して るなあ」とニヤニヤしてしまいました。

チンパンジーは水を恐れるとよく言いますが、果たして野生チンパンジー が水をみてぶるぶる震えて怖がるのかどうかはわかりません(このあと松 阪さんが詳しく教えてくれるのではないかと思います)。一方、野生のゴリ ラは、映画同様、沼地や湿地を怖がりません。むしろ好んで利用します。

ニシローランドゴリラの暮らすコンゴやカメルーン、ガボン北部の熱帯森林 には「バイ」と呼ばれる開けた湿性草原が点在しています。このバイには、 カヤツリグサやトチカガミの仲間の栄養豊富な水草がたくさん生えています。

この豊富な草が、周辺に生息する地域のゴリラをバイにひきよせるのです。 コンゴのオザラ国立公園では、ひとつのバイに多いときで30以上ものゴリ ラの群れが一堂に会することがあったそうです。バイで出会ったゴリラの群 れどうしは、ちょっとしたいさかいになることはあっても、全体としては平 穏に時を過ごします。メスの移籍などがバイで起きることもあります。この ように、バイの水場はゴリラとっては食事と社交の場、いわば大衆レストラ ンのような役割を果たしています。

バイは中部アフリカのニシローランドゴリラの生存にとってきわめて重要な 役割を果たしていると考えられています。しかし、実はわたしたちの調査地 であるガボンのムカラバには、バイがありません。なのに、ゴリラの密度 は他の調査地よりもずっと高いことが、昨年行った総合調査でわかりまし た。ムカラバでゴリラが高密度なのはなぜなのか、あるいはバイとゴリラ の関係は本当のところどうなのか、あらたな謎が生まれました。

ゴリラと海

ガボン・プチロアンゴの海岸

ガボン・プチロアンゴの海岸

こんなクイズを出してみましょう。次の3種の動物のうち、野生ゴリラの 生息地でみられるのはどれでしょう?

  1. ライオン
  2. イルカ
  3. キリン

正解は2番のイルカです。私はゴリラの調査地でイルカを見たことがあり ます。

写真は、ガボン西海岸のプチロアンゴというところです。ご覧のように、 巨大な森林が砂浜ぎりぎりまで広がっています。私は、龍谷大学の鈴 木滋さん(この人はゴリラとチンパンジーが同じ木で一緒に果実を食べる のを世界ではじめて観察した人ですが)と一緒に、ここで1年半、調査を していました。

海岸近くの森林を構成する樹種は内陸とは異なっていて、ゴリラの好む果 実がたくさんあるのです。さすがにゴリラが砂浜を歩く姿を見ることはあ りませんでしたが、海の見える波打ち際の木の上に作られたゴリラのベッ ドを発見したこともあります。ゴリラも、大西洋に沈む夕日を眺めていた ことでしょう。

プチロアンゴでの調査では、毎日ビーチを歩いて移動していました。天 気の良い日にはイルカの大勢で泳ぐイルカの群れの背ビレが見えること がありました。ゴリラもイルカをみていたかもしれません。

11月になるとゴリラの手のひらくらいの大きさのシオマネキが大量に やってきて、おいしくいただきました。先日亡くなった西田さんがいら した時、岩場でカキを見つけ、その場ではがしておいしそうに食べて現 地の調査助手を驚かせていました。そのほかにも、海からいろんなもの がやってきました。インドの小学生が流したボトルレターを拾ったり、 ナイジェリア人の密入国者がゴムボートに乗って現れたこともありまし た。

また、プチロアンゴの周辺には広大なマングローブ林があり、調査中にそ の中を移動することもしばしばでした。マングローブ林について書かれた 本の中で、マングローブに住む生物にゴリラを含めているものはたぶんな いと思いますが、ゴリラはマングローブ林の生きものでもあるんですよ。

ゴリラと川

ゴリラは水を好むといいますが、ゴリラが足のつかない川を泳いでいるとこ ろはいまだ観察されていません。大きな川はさすがに彼らの移動のさまたげ となるようです。しかし、川辺の森には端境期にも安定して果実や草が存在 するので、ゴリラに川は不可欠です。森の中の小川や沢では、子どもだ けでなく、大人も水遊びをすることがあります。

ゴリラと雨

ムカラバと熊本市の降水量の比較

ムカラバと熊本市の降水量の比較

最後は雨です。ここでは、ゴリラと雨というより、熱帯雨林における雨とい うものについてよくある誤解を解いておきたいと思います。

熱帯雨林と聞くと年中はげしいスコールが降ると誤解されがちですが、アフ リカの熱帯林の多くには明瞭な季節があります。たとえばムカラバでは11 月から4月までが雨期で、5月から10月頃までが乾期です。乾期の中でも 7,8,9月の3ヶ月間は全く雨が降りません。私はここ数年、大学の業務 の都合で夏休みにしかムカラバに行っていませんが、傘もレインコートも不 要です。

降水量についても誤解があります。2010年の熊本市とムカラバの月間 降水量を比べてみましょう。こっちが熊本市、こっちがムカラバです。季 節がちょうど逆転していますが、どちらも明瞭な乾期と雨期があり、雨期 の半ばに小乾期があるという似たパターンを示しているのがわかります。 しかし、雨期を比べても、乾期を比べても、全体で比べても、熊本市のほ うがムカラバよりずっと降水量が多いですね。「水の街」だけのことはあ りますね。

こうした降水量の変動は、森の様相に変化をもたらし、ひいてはゴリラの 生活にも変化をもたらします。ムカラバでは雨季と乾季で森の様相はまる で変わってしまいます。雨季になるとひからびた川には水が溢れ、平地の 大部分は沼になってしまいます。それとともに、雨は実りを運んできます。 木々は一斉に新葉を広げ、みずみずしい果実とともに森を彩ります。雨期 にはからからだった遊動域の半分が浸水します。ゴリラたちはそれを意に も介さず、腰まで水につかり、雨の日でもじゃぶじゃぶと水音をたてて遊 動します。

おわりに

シロアリ塚で作ったゴリラ

ご清聴ありがとうございました

やや駆け足で、水をキーワードにゴリラのすみかや暮らしを眺めてきました。 最後に、全体を通じてみなさんに伝えたいメッセージがあります。

それは、野生ゴリラとその生息環境は実に多様だということです。霧に包ま れた標高数千メートルの高地から、イルカの群れが見える大西洋岸のビーチ まで、ゴリラは実に幅広い環境に適応して生きています。チンパンジーの生 息環境の多様性がよくいわれますけれど、ゴリラもそれにひけをとりません。

そして、それぞれの生息地で、ゴリラたちはそれぞれの環境に応じて多様な 暮らしを営んでいます。見た目も、行動も千差万別です。そこから言えるこ とは、ゴリラそのものにも、ゴリラの生息環境にも、これが「典型」という ものはないということです。

このことは、ゴリラに限らず他の大型類人猿にもあてはまることだと思いま す。多様性こそが大型類人猿の本質であり、私たち人類がとうとう70億個 体を越えるという大繁栄に至ったのも、類人猿時代から受け継いだ可塑性・ 多様性によってではないかと思います。昨今はグローバリゼーションなどと いって、世界を単一の価値観で統一してしまおうという動きが活発ですが、 それは人間性というか、類人猿性に反するのではないか、などと思うわけで す。

また、今日のSAGAのシンポジウムという場には動物園関係者の方々が多数い らっしゃっていると思います。みなさんそれぞれにゴリラの展示、飼育のよ りよいあり方を一生懸命工夫されていることと思います。その際、できれば これからは野生ゴリラは多様である、ということを意識していただければと 思います。

たとえば「ゴリラ本来の姿を見せる」「野生ゴリラの生息地の環境を再現す る」ということも、何が「本来の姿」で、何が「生息地の環境」なのか、と いうことは思った以上に難しい問題ではないでしょうか。これは私の個人的 な意見ですが、ゴリラの本質が多様性であるならば、飼育・展示において 「本来の姿」や「生息地の環境」を追い求めるよりもむしろ、現在日本には 20数頭しかゴリラがいないわけですが、20数頭いれば20数種類のゴリ ラのあり方があるのだと考え、それぞれの園館が、そこにいるひとりひとり のゴリラをよく理解し、ひとりひとりにあった飼育や展示のやり方を工夫す るのが望ましいのではないでしょうか。

ご清聴ありがとうございました。

Footnotes:

1 2011年11月13日放送、「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」第252回「思いやりいっぱい! ゴリラの大家族」

Date: 2011-11-15 12:13:53

Author: Yuji TAKENOSHITA

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